目の前の生徒たちを見ながら,ふと思い出した自分の高校時代

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2月に入り,今日は節分ですね。毎年恵方巻きだけは近くの海鮮スーパーで買うようにしていますが,今年は平日であり,またクラブ当番ということで,帰る時間が遅くなる中,今年は勤務先で注文できたので,無事に確保して食べようと思います。

さて,今日の投稿では,今目の前の生徒が大学受験に頑張っている中で,自分の大学受験をふと思い出したので,それを綴れればと思います。今回の記事は誰の役にも立ちません…笑

高校時代

高校時代は,別に目立つわけでもなく,問題を起こすわけでもない,そこら辺にいる多くの生徒のうちの1人でした。ただ,せっかくの高校生活だし何かやっておきたいなと思い,委員長に立候補した流れから生徒会に入り,高2と高3は副会長をさせてもらい,卒業式の在校生からの送辞を大勢の前で読んだのは貴重な経験です(多分あんな人の前で話すことはないかな)。そんなこともあり生徒会長も立候補すればできたようでしたが,「大学受験で忙しくなるし,推薦入試で受験したい人がいるならその人に」ということで断りました笑

その一方で,学業はどうかというと,正直なところ,(今もそうですが)中途半端な過ごし方をしていました。中学時代の学校の成績が良くなかったことから,私立高校を選び,入学した時は「ここから再スタートだ」と思い,高校1年は慣れないながらも勉強を習慣化し,自分より賢い人たちに食らいつくので精一杯な日々でした。それが功を奏したのか,学年内で上位の成績を出せたのですが,そこがある種のピークとなり,燃え尽きたのか,そこからはパタっと勉強しなくなり,成績も下がるばかりで,周りからも「どうしたん?」と聞かれるばかりでした。

大学受験

そんな調子で時間だけが過ぎ,高3が近づき,そろそろ大学受験に向けて準備しなくてはと思い勉強を始めるも,今までやらなかった分の借金ばかりで,周りはどんどん難しいことをやりながらも,自分はその後追いばかり。その中でも英語は得意な方ではありましたが,あまり英語を使ってどんな職に就きたいかという具体的なビジョンもなく,そして探そうとすることなく,周りにいる英語を使った職業は教師しかいなかったので,教育系かなと思い,勉強する毎日でした。

だからと言って,熱心に勉強したかと思えば,今目の前で受け持っている生徒たちを見ていると,自分は決して頑張った方ではないかと思います。自分の目標とする大学に対して,共通テストの目標点はどのくらいだからどの範囲まできちっとやっておけば,あとは少しずつでいいとか,正直打算的にやっていた節はありました。ただ,1つのことに集中するのは得意な方だったと思います。当時の生物で遺伝の計算式がどうも苦手で,薄い本を1冊やりきり,どんな問題でも対応できたのを覚えています。その一方で,文系であったのですが,国語の読解や社会の膨大な暗記のような,一朝一夕ではなんとかならないものはなかなか伸びやんでいました。そのため,英語と数学と理科で英語教師になるところはないか本気で探したこともありました笑

センター試験・国公立入試

そうこうしているうちに,センター試験当日。目指すは7割。可能であればもう少し点数を高く。1日目はどの科目も例年通りの難易度で予想通りの結果でした。そして,2日目。生物は易化したこともあり9割ほどでしたが,衝撃が起きたのはその後。今でも覚えています。数学ⅠAの第3問で,1つ目の空所を埋めたら,2つ目の以降が何をしたらいいのか一切わからない。それまで8割を取っていた科目が,全然取れないと思い焦り,時間だけが過ぎ,何度考えてもわからず,試験時間が終わってしまいました。その後の数学ⅡBはそれほど難しいわけでもなかったのですが,ⅠAのショックを切り替えることができず,それほど5割ほどしか取れず。結局,全体の成績は6割9分9厘(今担任しているから分かりますが,何とも出願先を決めにくい成績笑)。担任との面談の結果,ランクを1つ下げて別の教育大を受けることに。当時は,こんなはずじゃなかったのにというショックや,考えたこともなかった出願先で,色々よくわからない状況だったと記憶しています。

しかし,面談の内容を母親に話すと,「その大学を見に行こう」とすぐに言ってくれ,夕方だったにもかかわらず,2人で大学に行きました。着いた頃には真っ暗で,もちろん大学の中を見ることもできず,こんなところなんだーとしか思いませんでしたが,大学の周りを散策していると,山の方から花火が上がり,演奏も聞こえてくる。ちょうど山焼きの当日だったのです。母親とその会場まで行き,何か見えるかなと思いましたが,着いた頃にはピークの時間も終わり,人もまばらなでした。そんな大学見学だったのですが,何故かこの大学を受けようと思いました。理由はあんまり自分でも覚えていないのですが,母親が連れてきてくれたからなのか,「ええとこやん!」という母の言葉に影響を受けたのか,はたまた山焼きが印象的だったのか,何か自分の中で受けようと思う部分があったのだと思います。そんな感じで出願先を決めました。そこからは前期試験の科目が英語だけということもあり,私立大学の受験もそっちのけで英語だけ勉強していました(受験が終わってから,落ちた私大の受験料については母親によく文句を言われました…)。受験の結果は,無事合格。合格発表見に来た時にやっと明るい時間の大学周辺とその構内を見ることができ,「ここで大学生活をするんだな」と思いました(本当はネットで確認するつもりでしたが,親に観にいけと言われ,10時発表のところを12時ぐらいに見に行った気がします笑)。

まとめ

今回は自分の生徒たちが大学受験に向けてラストスパートを切っている様子を見る中で,恥ずかしながら自分の高校時代や大学受験について書きました。誰の役にも一切立たない投稿でしたが,自分にとっては改めて色々振り返る機会になりました。大学に入ってからの話はまたどこかで書くことがあれば書きます。

皆さんの実践や研究の少しでも役に立てば幸いです。Tomorrow is another day.

Last Updated on 2026年2月3日

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