「コミュニケーション重視」の英語教育について考えてみる②

その他

あっという間に1月が終わり,2月に入りましたね。共通テストがあり,国公立出願を決めているうちに,1月が終わり,本日からは関関同立の私大入試が始まりました。生徒たちが自身の目標に向けて頑張ってくれることを祈るばかりです。

さて,前回は昨今のコミュニケーション重視の流れについて,まずはコミュニケーションという要素がどのように外国語教育や日本の英語教育に取り入れられ始めたかについて紹介しました。

前回の投稿は此方から↓↓

今日の投稿では,昨今のコミュニケーション重視において,私自身の懸念について紹介したいと思います。

表層的なコミュニケーションへの危惧

前回の投稿でも紹介したように,コミュニケーション活動への導入自体はもちろん,従来の文法訳読式中心と言われてきた英語授業を改善していくためには必要な要素です。しかし,だからと言って,コミュニケーション活動を取り入れれば万事解決する訳でもありません。日本のEFLでの学習環境では,教室以外で普段から英語に触れる機会もない以上,話せる語彙や文法が少ない状態でコミュニケーション活動を取り組ませてしまうと,単語や指示語だけでのなんとも不自由な会話になってしまうことが予想されます。そんなやり取りを避けるために,またはコミュニケーション活動をより効果的に使用するために,Presentation-Practice-Production(PPP)のように,使用する表現を理解し,それを練習し,文脈のある中で使用してみるというような段階的な指導法が必要ではないかと思います。

そして,何より多くの英語教師がそのような方法で英語を身につけてきたのではないかと思います。昨今は留学やインターナショナルスクールを経験してバイリンガルのように自然に(?)身につけた人もいるかもしれませんが,多くの英語教師が地道な英語学習をしてきた結果,英語を使うことができる状態にあるのではないかと思います。私自身も大学に行くまでは日々のテストや定期試験,そして高校受験と大学受験が英語学習の主な目的でした。良い点数を取るために,行きたい高校に行く為に,合格したい大学に行くために。それらが中心であり,英語でのコミュニケーションというものは,当時の自分の視野が狭かったこともあってか,正直なところあまり英語を学習する目的ではありませんでした。大学に入ってから実際に使うことを求められ,まだまだ不十分ではありながらも,今の英語力を支えているのは,中高での学習があったからこそと考えています。確かに地味で見栄えも良くなく,基本的に成功体験の方が少なく,悔しい思いばかりで,ただただ机に向かっているだけの時間でしたが,その時の時間が無ければ今の英語力はないと思います。

それにもかかわらず,何故自分が身につけてきた経験とは異なる学習方法を勧めることができるのでしょうか。確かな土台があってこそ今の英語力がある。そう実感している教師は多いはずです。単語帳や過去問を地道に繰り返す意識的学習で,英語力を高めてきたにもかかわらず,自分のそうした経験ではなく,そう言われているや国際水準だと言われているだけで,生徒たちにコミュニケーション活動中心の偶発的学習を求めるのでしょうか。従来の日本の英語教育に改革が必要であっても,今までの全てが失敗だったというわけではないかと思います。個人の学習においても「もっとこうしておけば」や「これからやっておけばよかった」というものはあっても,やってきたことが全て意味がなかったわけではないかと思います。そのため,今までの何がダメだったのか,そしてよくするために何が必要かを考えてやっていくべきではないでしょうか。

受験勉強ではコミュニケーション能力が育成されない?

また一方で,大学受験においてもコミュニケーション能力が求められており,高校3年生の大学受験に向けて準備するクラスを受け持ったことで,問題集after問題集の授業ばかりをしていれば準備できるものではないということを恥ずかしながら今更分かりました。確固とした文法力や豊富な語彙力を身につけていればいるほど良いことは当然ながら,大学受験で出題される英文和訳や和文英訳については,単なる逐語訳で済むものではなく,その文章の行間や筆者の意図する内容,時代的・文化的背景などを踏まえて,単語の訳し方や表現の選択,場合によっては文章の言い回し自体を変える必要があります。これは問題集をこなしていればや一朝一夕で身につくものではなく,そのためのトレーニングを積む必要があり,長い期間にわたって地道に練習していく必要があります。もちろんこれが英語力以外の力を測っていると言われるかもしれませんが,筆者が伝えようとしたことを可能な限り正しく解釈して別の言語で正確に言い換えることができるのは,4技能のうちの一部かもしれませんが,高度なコミュニケーション能力ではないでしょうか。

まとめ

今回は,昨今のコミュニケーション重視の流れの中での懸念について紹介しました。英語教育に限らず,様々な人が様々なことを言うことができる社会ですが,指導法や方針など,一見目新しいものや見栄えの良いものもあるかもしれません。だからこそ,教師自身のagencyがまさに問われています。教師自身が相手にするのは目の前の生徒であり,彼らの置かれている環境を踏まえて,そのニーズを満たすことができなければ,ただの自己満足になってしまいます。完璧な答えがすぐに見つかるわけではないですが,目の前の生徒のために何ができるかを考え続けることができればと思います。

皆さんの実践や研究の少しでも役に立てば幸いです。Tomorrow is another day.

参考文献

佐藤臨太郎・笠原究・奥平和也・古賀功・今野勝幸・鷹野英仁 (2022).『効果的英語授業の設計―理解・練習・繰り返しを重視して―』開拓社.

刀祢館正明 (2022).『英語が出来ません』KADOKAWA.

Last Updated on 2026年2月1日

コメント

タイトルとURLをコピーしました